府中家具　バンザイ！

　こんなに簡単に恋が実るんかいなとは思いましたが、そこはそれ、小説の世界ですからお許しを願うことに致します。戸田雅之著「天往村から」、昨夜読み終えました。



　故郷の町頓原（とんばら）がモデルの天往村、そこに都会からやって来た若い三人の女性、彼女達は村が募集した農援隊に応募して採用された女性達です。一人は花作り、一人はメロン農家、そして一人は畜産農家へと2年間の契約でステイ先の農家へ研修に入ります。そのまま彼女達が居付いてくれれば、あわよくば村の男と結婚してくれたら、そんな村の願いを込めた農援隊事業ですが現実はそんなに甘くは無いでしょう。無いでしょうがこれも小説、重ねてお許しを。また研修期間中は村から彼女達に月15万円のお金が支給されると言う設定になっていますが、ここら辺は中々細かなところも書いているなあと感心致しました。おそらくは何か似たような制度が頓原にもあるのでしょう。

　さて物語りは一人の女性があるきっかけからステイ先の農業青年のプロポーズを受け入れ、その事に少なからずショックを受けた他の二人も自分の行く末に気を揉みながら農と取り組む、そんな彼女達の日常の姿を追っています。その内の一人はステイ先の男の言葉に傷つき東京へ帰ってしまいますが、自分の言葉が村を去らせるまで彼女を打ちのめした事に驚いた男はやっと自分の気持ちと正直に向き合う決心を固め、彼女が丹精を込めたメロンを持ち東京へと向います。｢迎えに行こう、断られて元々ではないか。結婚して欲しい、うんと言ってくれるまで何度でも東京に行こう」。今では皆が忘れてしまったこの純真さに、何処か切ない、しかし懐かしいような爽やかさを感じました。

　そしてもう一人の女性はステイ先の青年に思慕の想いを抱きながら、彼が薦める北海道の酪農農家へと旅立って行きます。彼女の気持ちを知りながら貧農故に彼女を天往村に留まらせる事が出来ず、敢えて北海道行きを助言する農業青年。そしてやって来る別れの場面、バス停まで送り未練が残るからと見送らずに帰る青年が最後に声を掛けます。

　「じゃあな。元気でな」
　直之はトラックに乗って手を振った。
　遠ざかるトラックを追いながら、愛は手を振り続けた。
　いつか、ここに帰ってくるのだわ。
　早春の風が、涙にまみれた愛の頬を撫でた。

　小説はここで終わっています。若い二人の切ない別れ、しかしこの二人が何時かは邂逅の日を迎えられそうな、そんな予感を抱かせる見事なエンディングとなっています。（ここの部分、幼馴染の贔屓目とご容赦下さい）。

　さてこの本を読み終え、何故これ程引き込まれたのだろうと考えてみました。それは只単に故郷で暮らす幼馴染が書いたからと言うだけではない、何かがありそうだと再度本に目を通しておりましたら「あっ」と気付きました。

　それは実に些細な事なのですが、この小説の登場人物達はお互いを苗字ではなく名前で呼び合っているのです。そうかあ、頓原では小さい時から苗字なんかじゃなくて名前で呼び合うもんなあ、それで何となく安心して読めたんだなあとそう思いました。子供の頃に名前で呼び合い、田舎では何歳になってもそれがずっと続いて行くのです。それがこの小説で筆者が書きたかった命の愛おしさ、ルーツを辿れば誰もがたどり着く故郷の優しさにつながるんだろうなあと感じた次第です。

　どうよマーちゃん、ワシの独り合点かねえ？




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