2018年12月24日
九十八歳を一期に
昨夕、母からの電話で子供のころ大変可愛がって頂いたMの小母さんが逝かれたのを知りました。
私が生まれたのは旧島根県飯石郡志々村八神、一家は昭和37年頃までそこに住んでおりましたが、その家のホンの近くにMさんのお宅がございました。
私は小母さんにとても懐いていたそうでして、子供心にもその印象が強く残っていたのでしょう、小学生の頃、夏休みに何度か泊まりに行ったことを思い出します。
数年前に町内の施設に入所されたと母から聞かされ、「何時か行かなくちゃ」と思い思いしておりましたが、義理を欠いたまま取り返しのつかないことになってしまいました。
小母さんは亡き父と同じ大正九年生まれ、ですからあと一週間程ご存命であったなら晴れて数え百歳の初春を迎えていらっしゃったのにと、誠に残念な心持ちが致します。
本日仮通夜、明日本通夜、そして明後日にご自宅近くの集会所で葬儀告別式が執り行われると先ほど母が報せて参りました。
故郷頓原では近親者、そして故人と親しい方々による仮通夜まで仏様は生身で居られますが、本通夜の前に荼毘に付しますので明朝には火葬場へ向かわれることになります。
優しく美人だったMの小母さん、どうぞ安らかにお眠り下さい。合掌。
私が生まれたのは旧島根県飯石郡志々村八神、一家は昭和37年頃までそこに住んでおりましたが、その家のホンの近くにMさんのお宅がございました。
私は小母さんにとても懐いていたそうでして、子供心にもその印象が強く残っていたのでしょう、小学生の頃、夏休みに何度か泊まりに行ったことを思い出します。
数年前に町内の施設に入所されたと母から聞かされ、「何時か行かなくちゃ」と思い思いしておりましたが、義理を欠いたまま取り返しのつかないことになってしまいました。
小母さんは亡き父と同じ大正九年生まれ、ですからあと一週間程ご存命であったなら晴れて数え百歳の初春を迎えていらっしゃったのにと、誠に残念な心持ちが致します。
本日仮通夜、明日本通夜、そして明後日にご自宅近くの集会所で葬儀告別式が執り行われると先ほど母が報せて参りました。
故郷頓原では近親者、そして故人と親しい方々による仮通夜まで仏様は生身で居られますが、本通夜の前に荼毘に付しますので明朝には火葬場へ向かわれることになります。
優しく美人だったMの小母さん、どうぞ安らかにお眠り下さい。合掌。
Posted by 府中店長 at 08:47│Comments(0)
│店長日記