2017年11月11日
『東京五輪音頭』作詞者
昨夜は千葉習志野から帰省中のH先輩を迎え、高校時代を同じ下宿で過した県下の4名が松江市に集結、計5名での楽しい時間となりました。
会食場所は松江駅近くの『魚料理かねやす』、近況や高校時代の話に興じる内、ふと煙草を一服と思いましたが部屋に灰皿がございません。
そこで料理を運んでこられた若女将さんに尋ねますと「今夜は隣の部屋が空いていますのでそちらでどうぞ」と仰います。同じ愛煙家のFさんと共にふすまを開けて隣の間へ、煙草をくゆらせておりますと長押に掛かる扁額が目に入りました。
若女将さんの言によればこれは当時の常連、島根県庁にお勤めであった宮田隆氏の作とか、更に伺うとこの宮田さんは彼の東京五輪音頭の作詞者とのことでございました。
席に戻り同輩のAにその旨を伝えますと、「お前知らんかったんか?有名な話だで」と申します。
東京五輪音頭の作詞者が島根県出身の方であった、楽しい時間と共に一つ利口になった昨夜でございました。
会食場所は松江駅近くの『魚料理かねやす』、近況や高校時代の話に興じる内、ふと煙草を一服と思いましたが部屋に灰皿がございません。
そこで料理を運んでこられた若女将さんに尋ねますと「今夜は隣の部屋が空いていますのでそちらでどうぞ」と仰います。同じ愛煙家のFさんと共にふすまを開けて隣の間へ、煙草をくゆらせておりますと長押に掛かる扁額が目に入りました。
若女将さんの言によればこれは当時の常連、島根県庁にお勤めであった宮田隆氏の作とか、更に伺うとこの宮田さんは彼の東京五輪音頭の作詞者とのことでございました。
席に戻り同輩のAにその旨を伝えますと、「お前知らんかったんか?有名な話だで」と申します。
東京五輪音頭の作詞者が島根県出身の方であった、楽しい時間と共に一つ利口になった昨夜でございました。
Posted by 府中店長 at 08:43│Comments(0)
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